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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

石見銀山史跡一斉清掃 

2018/07/01
Sun. 23:26

石見銀山の自治会単位で行われる史跡一斉清掃は、世界遺産登録の話が芽生える遥か昔から続けられている年中行事のひとつである。

吉田家は、長男のじゅん君が小学校1年生になる年に石見銀山の町へ移住した。
その時移り住んだ借家は銀山自治会にあった。それから数年して今の駒の足自治会へあった古民家を改修してそちらへ引っ越した。駒の足自治会の史跡清掃受け持ち場所は銀山地区にあった廃寺龍昌寺跡とその周辺。

吉田家が石見銀山で暮らしはじめた頃は、観光客の姿も見かけない閑散としたゴーストタウンに近い状態で、人口は500人を超えていたが、殆どが高齢者でじゅん君が通いはじめた大森小学校はかろうじて複式学級を免れる極小規模状態だった。自治会活動も人口減少で縮小傾向にあって、秋の町民体育大会も自治会単位での参加人数確保が難しく、小学校と幼稚園の運動会を抱き合わせて合同総合体育大会として開催されるほどだった。
そういうこともあって、史跡一斉清掃は人数確保も難しいので当時から一家に一人体制を解体して大人の全員参加が基本になっていた。それでも結局は高齢者世帯や独居老人の参加は期待できないから一人あたりはかなりの重労働だった。

そこまでして絶えることなく継続してきた勤労奉仕活動だったが、2007年の世界遺産登録以降、状況が一変した。
石見銀山に関係のある一般企業を中心にしたボランティア清掃や、行政指導で募集されるボランティア清掃など、1年を通して何度となくアチコチの史跡清掃が行われるようになって地域の整備も本格的に継続されるようになった。
世界遺産効果で、若者のIターンやじゅん君世代も含め地元出身のUターンも定着して、結婚と出産子育ても増えて、今は全体として人口減少は続いているものの、住民の平均年齢は少しずつ下がってきた。

前日まで大雨が続いていたから、史跡清掃が出来るかどうか心配していたが、朝になったら雨も上がっていて、銀山川の水位もいつもと変わらないくらいまで落ち着いていた。
駒の足自治会はベビーラッシュで人口が倍増するまでになった。草刈り機も10台近くすぐに集まるし、小一時間もあればすぐにキレイになる。
私などもう隠居しても良いくらいになった。

龍昌寺は、万善寺と同宗の禅寺だった。
境内に残された墓石を確かめると昭和初期の頃までは現在地にあったようだ。
詳しくは知らないが、災害か火災かで伽藍が消失したあと、同じ場所での再建が断念されて、当時の住職が隣町の適当な平地へ規模を縮小して移築されたということだ。確かに、今のような車社会に於いては日常の暮らしがとても不便な立地条件に変わりはない。
今は、伽藍のあった境内の平地全体へ杉が植林されてある。もうかなり大きく立派に育っているが、伐採搬出も難しそうだ。
清掃終了に合わせたように杉の木立の先に御来光が美しい。
姿勢を正して手を合わせた。

IMG_3184.jpg

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