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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

分相応 

2018/07/20
Fri. 23:23

早いものでもう週末になった。
吉田家裏庭のジャングル状態に茂った庭木のアレコレを剪定した枝木が山積みになって足の踏み場も無くなったから、少しずつ刻んで焚き火をしながら灰にしている。
あまりに暑いものだから、焚き火が全く熱く感じない。
銀山川の向こうを知り合いが歩いていて「毎日暑いねぇ〜」と声をかけたら、「一日中エアコンの部屋で仕事してますからねぇ〜・・・」あんまり暑いと思わないらしい。こういう時に仕事を選ぶことも出来ないで焚き火をしているボクが自分でせつなくなってきた。
「乾燥してますからねぇ〜・・火は気をつけてくださいね〜・・・」
別れ際にかけてくれたひと言が、親切な助言に気づくまで少し間が空いた。

大森小学校が夏休みに入って公民館キャンプが土日にある。
吉田家の子供たちがまだ小学生へ通っていた頃は、毎年のように公民館キャンプで焼き肉をしながら親子で楽しく遊んでいた。
じゅん君やなっちゃんの頃は、小学校の校庭へテントを張って子供たちは一晩その中で寝た。
保護者の父親や公民館の関係者や小学校の職員や町内の有志たちは小学校の体育館で雑魚寝をした。
用事というと、時々子供たちの夜の様子を見回るくらいで、後は持ち寄ったツマミを頬張って各種酒類を注ぎあいながら夜遅くまで酒盛りが続いた。
30年ほど前のことだが、今から思うとあの頃は学校や先生や地域や保護者や、みんなそれぞれの敷居がずいぶん低くて、風通しも良かった。
ノッチの頃になると、キャンプは小学校の校庭から公民館のエアコンの効いたホールに移動して夜の大人の交流会も自粛傾向が増して縮小された。
キーポンの頃になると、わずかに焼き肉担当のオヤジたちが集まって申し訳程度のささやかなパーティーが2時間位あって、それから子供たちの花火大会が始まる頃には関係者だけが残って、あとは三々五々解散になった。

教育の公私混同や飲酒の是非など、面倒臭い共通理解とか認識とか社会情勢の波に飲み込まれて、建前ばかりで筋を通そうとするかたっ苦しい付き合いが世間の常識になりつつある。
それぞれの立場をわきまえた付き合いの幅がどんどん狭まって、誰が何を考えているのか、ナニがよくてナニが悪いと思っているのか、判断の素材を拾い集めることも難しくなって、遠慮がちな付き合いが当たり前のようになって、立場と立場の境界の敷居がどんどん高くなって城壁の如き壁となって、風通しがやたらと悪くなってきたふうに思えてきた。
ちょうど都合よく、今はワイフがセッセと学校や地域の付き合いに精を出してくれているので、オヤジの出番が見事になくなった。
今度の公民館キャンプも、彼女が子供たち相手にナニカのお絵かきなどをボランティアするらしい。人付き合いの不器用なボクとしては、こうして世間のシガラミから少しずつ遠ざかって消えていけるありがたさを噛み締めている。

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