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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ユラギの幅 

2018/08/13
Mon. 23:21

枕経のおばあさんは行年92才で私の母親と同じ年まで生きられた。
数年前から1週間に数日はデイサービスでお世話になり、最近は、自宅で過ごすより施設でいる時間のほうが多いほどになっていたそうだ。
容態が急変した日も、施設の皆さんと歌やゲームをして楽しくされていて、まさかその夜に脳溢血を発症するなどと予測もできないほどお元気であったらしい。
早朝に救急車で運ばれてから延命処置で呼吸はできていたものの、すでに脳死に同じ状態で、ただ息をしているだけのことだったそうだから、ご本人にとっては特に苦しむわけでもなく、長い闘病ぐらしだったわけでもなく、寝ているあいだにこの世からおさらばできたという楽な死に様であったと思う。
そういう時は、枕経が終わってから「元気に往生されてなによりのことです!」と、ご遺族やご親族へ言うことにしている。
残された者にとっては、故人と付き合いの浅い深いでさまざまな思いがあるだろう。それでも、一応の寿命を全うされたことに変わりはないから、清く人の死を「往生」と受け入れることも残された者の勤めであると、私は思っている。

万善寺の住職として坊主ではあるが、同業との付き合いが広いわけでもないし、すぐ隣の寺の事情も知らないことばかりで業務上の情報交換など皆無だから、私が住職としてお檀家さんとお付き合いしていることは、どこかしら業界の現状から逸脱していることのほうが多いのかも知れないと何気なく思っている。
世間では、宗派を超えて隣近所の各寺院事情の噂が飛び交っていると思うが、それはそれで自分にはどうでもいいことで、特に気にすることもなく自分が坊主として出来ることをコツコツと続けているだけのことだ。

それで、この度の通夜からお葬式にかけての仏事のことになるわけだが、結局は珍しく自分でも呆れるほど葬祭仏事全体へ口や手を出すことになってしまった。
一人残された喪主さんは、母親の葬儀へ参列することだけで精一杯の状態だから、宗派の違う親戚のご主人が後見人的役割をされることになった。「禅宗のことは全然わからんもので・・・」と、何度と無く呪文のように念押しされるものだから、お盆間際に一つ一つ解説して司令を出して指揮する手間がどこまで増えるか予測できないことになった。
いずれにしても、世間事情では故人の生前のおつきあいへ見合うだけの告別が大事なことであるから、それを送る身の事情だけで済ますわけにいかないことだけは確かなことだ。
坊主としては仏様の代行業務に徹して、故人を此岸への未練から切り離してキチッと迷わず彼岸の地までお連れすることが大事な役割で「それがすべてのことだ!」と、それだけをブレない柱と念頭に、周囲の事情に沿ってユラギの幅をもたせているつもりだったのだが、そうもいかなくなってしまった。葬祭業者もなく、地域自治会の世話役もなく、もちろん周囲のお手伝いも固辞され、それに喪主代理も務められるという、なんとも前例のない葬儀葬祭となった。

前夜の仮通夜から、午前中は棚経を済ませ、夕方からの本通夜に出かけた。
葬祭で借りた自治会館には、故人を偲んで旧知の皆さんが多数参列された。

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