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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

崖っぷち万善寺 

2018/08/16
Thu. 23:45

万善寺の施食会がすぐそこまで近づいた。

私の人生をたぐると、昔は9日が施食会だった。
17日は大般若経転読会の前夜祭で本堂では観音供養の法要があって塔婆回向が夜遅くまで続いた。境内は出店屋台が2〜3店舗出ていて、塔婆回向の終わったお参りの皆さんが輪になって盆踊りをされたりして、とにかく賑やかな夜だった。
回向仏事が終わると説教が1時間位あって、それが終わると本堂西側の白壁をスクリーン代わりにして幻燈の上映会があった。子供たちは、それが楽しみで夜遅くまで眠い目をこすりながらとにかくしぶとく起きていたが、だいたいほとんどは上映会の終了をまたないで寝落ち撃沈して、敷布団代わりの座布団が本堂のアチコチに敷き乱れていた。
庫裏の方丈の間では、説教老師を囲んで、こころやすい方丈さまが何人か残って酒盛りが始まる。深夜になってお開き解散になると、老師から順番にお風呂で行水をして、それから就寝。

翌18日は大般若経転読会があるから、万善寺の身内は早くから起きて本堂の荘厳を整え、盆踊りなどで乱れきった境内を掃き清める。そのうち、保賀の近所のお檀家さんや台所のまかないでお願いしているおばさん方が集まって、法要の膳の支度や前夜から宿泊の方丈さまの接待などをしながら、お寺参りの皆さん用に斎膳の準備が始まる。
大般若経転読会は午後から始まって、法要が終わると夕方ほの暗くなるまで方丈さまやお檀家の役員さんが残ってまたまた酒盛りが始まる。酒の肴などおおよその支度が片付いたところでまかないのおばさん方や帳場や境内の整備などの表向きのお手伝いを頂いた男衆が酒席に合流して、またまたまたまた盛大に盛り上がる。
前住職の憲正さんは、そういう昔ながらの晴れ晴れしいお盆行事を取り仕切る事ができた最後の住職となった。

私が万善寺を離れて一人暮らしが続いている間に、夏の恒例仏事が大幅に縮小していた。
いつのまにか9日の施食会が18日の大般若経転読会当日へ移動統合されていて、17日の観音供養塔婆回向は廃止されて無くなっていた。
お寺参りが激減して、まかないのおばさん方も用が無くなって、そのおばさん方と入れ替わるようにワイフが内室でボクの母親の指令を受けて働くようになった。
それから昨年の春に母親が死んで、今はワイフと二人で手分けしながら万善寺の仏事を細々と伝えている。
盆月の仏事行事がコレ以上の縮小となると、万善寺の廃寺か統合兼務寺になるしかない。
現住職はそういう崖っぷちで綱渡りをしながら細々と坊主業を営んでいる次第。

一昔前の古き良き昭和の時代には、16日に万善寺から20分位車で走った先のお寺で施食会があって、20日は車で15分位走った寺で施食会があった。
今はその二ヵ寺とも、無住の寺で施食会が廃止された。
そういうわけで、16日は万善寺の施食会法要厳修に向けて最後の荘厳準備として重要な1日となっている。

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