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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

晩夏 

2018/09/01
Sat. 23:07

猛暑続きの8月が終わった。
庭木1本が枯れて、鉢植えは水やりが追いつかなくて全滅した。
飯南高原の街道別れの近くにあった桜の木も枯れた。
境内の草刈りはしないことにした。
稲の刈入れが早まって、スズメたちが古古米をつつきに来なくなった。
何から何まで自分の人生(・・って、たかが知れてるけどね・・)で経験のないほどの猛暑だった。

冬は記憶に無いほどの極寒で、夏は未経験の猛暑・・・
地球の異常のせいだけでもないだろうが、この最近、人間社会でやたらと〇〇ハラスメントが賑わっている。
私の好きなウディ・アレンさんも、映画業界のハラスメント加害者だと告発が続いて、今は出演辞退の役者多発で映画製作が出来ないまま監督引退状態になっているそうだ。
この、ハラスメントというやつは、人間社会だけでなくて世の中の生き物全ての生態社会に存在していて、永遠にゼロと消えて無くなることは無い問題だと思っている。
力関係の強弱とか上下とか大小とか・・色々な場面で、同等対峙のバランスが崩れた瞬間にコトが生じ、やがて時間の経過の中で認識や解釈の相違が深まって発酵した先にハラスメント的定義付けが何処からともなく湧き出してくるもののように思う。
人間以外の動物や植物は嘘の無いコミュニティーであるから、同等対峙のバランスが崩れた時点ですでに関係機能の修復は不可能とお互いが悟る。そういう残酷な潔さが環境の循環を支えているのだと思う。
人間は、とにかく数え切れないほど複雑で様々な思考回路を持っていて、その多様性の絡み合いの中で様々に生き残りを工夫して共存しているから、頭では分かっていても、心情的であったり主観的であったりすることの振り幅や客観的認識の相違とか、時間軸の誤差の許容認識の相違とかでハラスメントの質量も違ってしまって色々とややこしいことになってしまう気もする。

とにかく、人間界におけるハラスメントの認識許容解釈は1000年100年前や50年前の常識も、10年5年前や昨日今日の常識だって一瞬先は通用しない現実がある。そういう、常に変化変態し対峙の中道が揺れ動いている事象に対して今の人間はあまりにも即物的で短絡的でありすぎる。一つ一つの事象においては、その現実と真摯に向き合って自戒を受け入れることが、人間として一大事なことで、その人の持つ技量とか才能とか特異性とか、そういう努力して培われ磨かれる能力にまで踏み込んで包括してハラスメントの網をかけてしまうことはあまりにも早計すぎる。ハラスメント事案と当事者の実績や経験値の深浅を軽々しくイコールにして混同した社会的制裁は慎むべきことだと、私は思う。

改めて冷静に自分自身の過去を振り返ると、この歳になるまで数限りないほどのパワーとかセクシャルとかモラルとか様々なハラスメントの加害者であり被害者であり続けてきたし、これからもそういう事案にゼロであり続ける自信など全く無い。とにかく、今の自分にできそうなことというと、まずは自ら対峙の耐性を鍛えることくらいだろうか・・

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