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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

石が消えた 

2018/09/02
Sun. 23:52

七日務めがまた巡ってきた。
1週間過ぎるのがとても早く感じる。
この時間のスピード感は、そのまま自分の人生の終末を突っ走っているということでもあって、なにか、ずいぶん慌ただしく落ち着かないまま「死に向かっているのだなぁ・・」と思ってしまう。
一度しかない人生なのだから「もっとゆっくりとのんびりと毎日を過ごしていきたいなぁ〜」・・・そう、思ってはいても現実はなかなかうまくいかないで眼前の慌ただしさに流されてばかりいる。

おばあさんが亡くなって、残された一人息子は足が動かなくて、広い大きな家の一部屋へこもって寝たきりの生活を続けていらっしゃる。1週間に数日ほどデイサービスでお風呂に入れる日があって、あとは弁当の配達を頼んで毎日を過ごしているようだ。
元々歴史ある旧家で、先代は校長先生まで勤め上げた立派な方だった。それが、一人息子を最後に絶縁となって絶えるまでになった。
万善寺は、その息子さんの最後を看取って、あとは先祖代々すべて一括永代供養で引き継ぐことになる。
おばあさんと最後にお話ができたのは随分前のことになる。
息子さんことを心配されながら、ご先祖さまの行末もそれ以上に心配されていらした。
いずれこうなることは、もうずいぶん前からわかっていたことだろうと思うのだが、一方で考えたくもないし思いたくもない現実から逃避することの楽な選択肢も用意されていたのかもしれない。
息子さんのこれからあとは、行政の福祉事業に委ねるしかないことで、それに万善寺がどう関わっていくのかと、それを思うとやはり気が重くなる。
私の人生のめぐり合わせがそのように出来てしまっているわけだから、今更どうあがいてもしょうがないことだとわかっていても、やはり自らの身銭を切って絶縁からその後永代へのお付き合いまですることへの不条理を素直に受け入れることが出来ないでいる。
七日のお経を読んで息子さんのかわりに塔婆を持ってお墓へ参って当家を後にした。
その間、息子さんは奥の一部屋で横になってテレビを見たまま動くこともなく、お母さんの遺影や位牌へ手を合わせることもなかった。
世間では行政や斎場と契約した葬式坊主で楽に暮らしている営業の上手な坊さんも多いらしい。万善寺はそういう仏教界とは縁がないから、今までどおり、自分に出来ることを出来る限り粛々と続けていくしか無いことだ。
とりあえず今は「いちばんつらい思いをしているのは残された息子さんだ・・」と思うようにして四十九日を目指しているところだ。

気晴らし・・・というわけでもないが、工場のこともあるし、着物を作業着に着替えて、寺から石見銀山を素通りして工場へ直行した。
奥出雲の展覧会が近い。倉庫へ回って彫刻の展示台を確認して2tレンタカーの予約を入れたりして、それなりに汗をいかいた。
休憩がてら久しぶりの日本海を見た。いつもの石浜から見事に石が消えていた・・・

IMG_3316.jpg

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