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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

行雲流水ー枕経の日 

2018/09/13
Thu. 23:54

展覧会の接客が少し落ち着いてから、葬儀の世話役さんへ折返しの電話を入れた。

保賀の自治会は、上中下と3つの班に分かれて自治運営されていて、葬儀の時は、まずは喪主家のある班が集まって喪主家の意向を聞きながら日程や段取りを決める。
それから残り2つの班長へ葬儀日程の連絡をお願いして、詳細がひと通り保賀の全戸へ伝達されて、その後喪主家へ各家の代表が弔問を兼ねて集合し役割の相談が始まる。
私は上組の班長でもあるから、まずは連絡網の手配をした後、今度は菩提寺の住職に立場を変えて世話役さんとこまかな打ち合わせをすることになった。
昔々の萬善寺は、今の場所へ移築されてから俗に言う庄屋寺となって、農地や山林の管理で寺の収入を得ながら自営していた。その関係で、保賀の集落はほぼ全域が萬善寺の経営管理下にあって、其処に暮らす住民は萬善寺の小作として従事し生活を保証されていた。
だから、小作各家は日頃の付き合いで上下の立場が崩れないよう、旦那寺の萬善寺を避けて他の寺を菩提寺に選ぶことが多く、その名残が今に続いているから、20軒の保賀自治会で萬善寺のお檀家さんは4軒だけと少ない。
この度の喪主家はそのわずかなお檀家さんの1軒となる。

彫刻展の会場を坊主の都合で留守にすることも出来ないから、とにかく2度3度と接客の合間に世話役さんへ連絡をとって、落ち着かない1日になった。
クローズの時間まで待って、急いで萬善寺へ帰ってからすぐ改良衣に着替えた。
葬儀次第の相談を兼ねた弔問の時間に併せて喪主家へ当客した時は、すでに保賀地内の皆さん参集が終わっていた。
おおよその段取りが決まってやっと枕経を読むことが出来た。
近所のご親族はだいたいお集まりだったが、遠くでお暮らしのご親戚はまだお顔が見えない。確か、長野県か群馬県あたりに故人の娘さんが嫁いでいらっしゃるはずだ・・・

次は仮通夜でその次が通夜で土曜日が葬儀と決まった。
葬儀会場は、ナンと萬善寺!
もう、こうなっては彫刻展がドォーのコォーの云っていられない。
島根県内から出品の彫刻家へ電話をかけまくり、ワイフの都合も聞いたりしたが、まぁ、一般的に世間の都合はすぐに変えることなど出来ないのが今どきの常識だから、あっちへ聞いてもこっちへ聞いても「いやぁ〜〜、ちょっとそれわぁ〜〜・・」無理だと、だいたい似たような返事になって、万事休す!
坊主の神頼みと、すがるような思いで奥出雲の地元でいつも手伝ってくれるオヤジさんに連絡をしてみたら、「ハイ、良いですよ!」と、なんともアッサリ受付代行を引き受けてくれた。
とにかく、通夜や仮通夜は夜のことだから、昼のうちはなんとか自由も効く。会場当番も「出来る限り自分でなんとかしよう」とシャワーを浴びながらそう決めて腹をくくった。
1年をおおよそ平らにならしてみると、だいたいノンビリとヒマに暮らしている。
特に忙しいとも思わないが、やはり、長い人生重なる時は「コレでもか!」と重なるもので、それはそれで、どうにもならない。
まずは仮通夜・・・生身の故人と最後のお別れになる・・・

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