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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

行雲流水ー旧ガラス工芸館 

2018/09/16
Sun. 23:48

気がつけば小品彫刻展も最終日!
今回は準備中から今までに一二を争うほどの色々なことがあった。

少し余裕を持って会場へ到着してオープンの準備をしていたら、早速来客があった。
ソコソコ良い天気だし連休ということもあって人の動きが活性しているのかもしれない。

奥出雲の展覧会場は、元々地元出身でガラス工芸の修行をしていたガラス作家が、バブル時代の箱物行政に招へいされてスタートしたガラス製品の博物館を兼ねた制作工房だった。当時は土間にガラスの焼成炉があって、そのガラス作家が制作したガラス製品を展示しながらガラス工芸館の運営をしていて、受付事務などで地元からの雇用もあって賑わっていたようだ。
私は、まだ奥出雲との縁もそれほど深くなくて、どちらかというと、鉄の彫刻を造っている関係でたたら製鉄絡みの付き合いが始まったばかりの頃だった。そのたたら製鉄関連の施設や木工の施設も次々と建造されて、島根県の山間部ではダントツに活気のある地域に思えた。
それからしばらくして岡山に本部のあるデザイン専門学校の奥出雲進出が決まって、ガラス工芸館のすぐ近くにカッコイイ校舎が出来た。その校舎には登り窯も造られて、1年に数回ほど学生や地元有志の制作作品を焼成していた。
そのデザイン専門学校が出来てしばらく経ってから奥出雲との縁が深まりはじめた。

奥出雲は、そばの産地でもあって、地域全体では10軒近くの蕎麦屋が点在している。
そば好きの私にとっては、そば関連の情報が入る度にイソイソと出かけて、アチコチで美味いそばを食べ歩いた。
彫刻展の方も、いずれは奥出雲の何処かで開催できると良いと思っていて、蕎麦の会に参加しながら地道に情報収集を続けていた。そうしたら、なんと、当時デザイン専門学校の校長先生だった石彫の彫刻家が「学校の隣の施設が空いてるよ」と教えてくれて、それが昔賑わっていたガラス工芸館だった。

ガラス工芸館で制作活動を続けていた工芸作家はその後病気になって、それが完治しないまま亡くなった。
ガラスの焼成炉を可動させることの出来る作家をしばらく探していたようだが、結局それもうまくいかなくて閉館が決まった。
今は、なにかのイベントで使用することがあっても、1年間で1ヶ月も利用されることがないまま年々老朽化が進む状態だ。元々行政の建てた施設だから管理も行政でされているのだが、今の行政は施設の利活用にまで積極的な検討をすることも考えていないらしい。

広島の福山からのお客さんは、ずいぶん久しぶりに観光と温泉巡りで山越えして来たということだった。まだガラス工芸館が機能していた頃のことを微かに覚えていて懐かしがっていた。
昨年奥出雲へUターンされたご婦人は、娘さんが当時のガラス工芸館で受付をされていて懐かしがっていた。
そういうこともあって、展覧会開催の意味もある気がしている。

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