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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ボクの立場 

2018/09/17
Mon. 23:17

三連休の最終日は、奥出雲の後片付けで会場復元に当てていたのだが、初七日などの萬善寺仏事が重なって、またスケジュールが変更になった。
しばらく前に、ノリちゃんが連絡をしてくれて会場の後片付けを手伝ってくれることになっていた。主催者であるボクが自らドタキャンをしてしまって、彼女にはとても悪いことをしてしまった。連絡を取り合って善後策を相談して、あとは彼女に甘えることにした。

今更ながらのことだけど、私は二紀会の彫刻部に属していて、東京の六本木には毎年少し大きめの彫刻を出品している。
島根にUターンしてから本格的に彫刻の勉強を初めて、最初は研究発表の意味も兼ねて二紀会へ出品をはじめた。
それまでは何年も金属工芸の作品をつくっていたのだが、自分の気持が少しずつ彫刻へ傾いていた頃にワイフと知り合った。ワイフは学生の頃から金属彫刻の研究室で勉強していてその時の指導教官が二紀会彫刻部の委員だったから、彼女はすでに学生の頃から研究作品や卒業制作を二紀会へ出品していた。結婚して二人で島根にUターンした後も、専業主婦をしながら彫刻の制作を続けて、島根から二紀会の展覧会がある東京まで業者搬入をした。
島根で運送業者を探すことや彫刻の梱包のことなどの手間を手伝っていたら、彼女の彫刻だけ発送したり搬入搬出をしたりするだけの労力がもったいない気もしてきて、どうせなら自分も彫刻を造って一緒に出品したほうが良いと思うようになった。
それが始まりで毎年出品を続けることになって今に至っている。

島根くらいの田舎から、毎年東京を目指して彫刻制作と出品を続けることは、精神的にも肉体的にも物理的にも財政的にもなかなかの試練になる。
基本的に怠け者で飽きっぽい性格の私が、よく途中で挫折しないでここまでこれたものだと我ながら感心する。
ここまでの歳月はとにかく記憶にあるだけでも色々な出来事があった。
それでもなんとか継続できたのは、やはり自分の生活を彫刻制作優先に組み立てていたからだと思う。
この近年・・・というより、先代住職の憲正さんから住職を引き継いだ頃から、自分に降りかかる仏事のアレコレを避けることが出来なくなった。それで、結局寺のことが優先になって彫刻のことを後回しにせざるを得なくなってきた。
そろそろ10年になる島根での小品彫刻展も、少しずつスケジュールの不具合が増えてきてアチコチへ迷惑をかけることが多くなった。このまま、今の状態が続くかもっと悪化すれば確実に展覧会の継続は難しくなる。

今年も、これから二紀会彫刻部の展覧会に向けて少し大きめの彫刻制作を始める。
いまのところ、おおよそのかたちはイメージ出来ていて、工場へ通い始めたらなんとかそれなりの彫刻にはなってくれるとは思うが、昔のように十分納得するまでじっくりと落ち着いて時間をかけて鉄に向かうことはできにくくなっている。
そろそろ、次の展開をどうするか決める時期に差し掛かっている。

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