FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

要害山を望む 

2018/10/14
Sun. 23:18

六本木の陳列展示が近づいているから、萬善寺の仏事を繰り上げて日程調整をしておいた。
その中で、七日法要が一つ残っていて、コレばかりはあまり大きく日程をずらすこともできないから、移動日の方を調整してギリギリのスケジュールを組み立てた。
それで、朝の9時にはもうお経を読み始めるようなことになって、施主家には迷惑をかけた・・・と思っていたら「お陰様で早くに来てもらって助かりました。今日は子供の試合がある日でして・・・」と逆に感謝されてしまった。

過疎化の進む飯南高原で、男二人女一人の子どもたちは、今どきの若い家族にとって貴重な子沢山になる。その長男さんが地域の少年野球チームに入っている。
隣の行政区では、9人の野球チームを確保することができなくて苦労しているし、結局最終的には個人競技中心のスポーツ少年団に切り替えたところもある。
親の考えも様々だから、ことの良し悪しは地域事情で決まるようなところもあって、若い世代の人口流出を食い止めるための行政対策がなかなか難しい。
最近では、第一子から無料保育無料給食を保証する行政区も出てきた。
吉田家の4人の子どもたちが育った頃はそういう行政からの保証などなかったから、親のボクは子どもたちの教育費を稼ぐことで必死だった。
「自分が楽に暮らすには子供をつくらなければいいだろう・・・」と、吉田家が子育てをはじめた頃はそういう気持ちも周囲には色濃く漂っていた。
今は子育ても終わって気楽な夫婦の二人暮らしが戻ってきたから、まだ若かったあの頃の子育ての苦労も良い思い出に変わっている。

寺のことでいろいろと積み残しの用事が残ってはいるが、ひとまず彫刻の用事を優先にしてお昼前には石見銀山へ向かった。
数年前までは、コロコロトランクへ数日間の着替えなどを詰め込んで、結構大掛かりな旅行準備になっていたが、最近はいつもの肩掛けバックと陳列作業用の一式を頭陀袋へ詰め込んだものと2つくらいの荷物にまとめて身軽に済ますようになった。
キーポンが東京暮らしをはじめたからそういうことも可能になったわけで「ボクの子育てもなかなか上手くいった」と、内心そう思っていてずいぶん助かっている。
9月に帰国したノッチも住むところが決まって少し落ち着いたし、1日くらいは彼女も一緒に夕食ができると良い気もしているが、本人の都合もあるだろうし、もちろん私の彫刻展示の仕事もあるから、まぁ、運良く時間の都合が合えばその時にどうするか決めるくらいでいい。

簡単に荷物の準備をして、あとは富山町のフィールドアートワーク関係の事務に切り替えた。
チラシをつくる都合もあるし、いくつかのデータを整理していたら、周藤さんが届けてくれた野外彫刻の写真があったので、今回はそれを原稿にすることにした。
富山町と出雲地方の境界にある要害山を背景に霜を被った彫刻がキレイだ。
その要害山は石見銀山の銀を目当てに戦国武将たちの攻防戦で激戦地だった。

IMG_0930_20181104101839ecf.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/3119-acd47a71
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2018-12