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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

彫刻の先 

2018/10/20
Sat. 23:09

このところ、自分の周辺が今までにないほど目まぐるしく複雑に過ぎて、吉田家へ帰ったらドッと疲れて夕食を終わらせると宵の口からキーポンが使っていたベッドにバタリと倒れ込んですぐに寝てしまう。
「どうしてこういう状態になったのか?」・・・眠りの世界へ移動する前の少しだけ覚醒しているあいだにそのあたりのことを考えようとするのだが、どうもそれらしき要因が決まらないままいつの間にか寝落ちしている。

2月から3月にかけて小さな彫刻を一つ造ってから、工場へ通う機会を逸したまま約半年がアッという間に過ぎた。
彫刻の制作が無いわけではないのに、どうしてもそういうことにまとまった時間を造ることができなくて、暮らしの色々な場面で気持ちばかりがスベって、素材へ触れることのないまま頭の中では大小の彫刻が出来上がっては消えていく連続だった。

坊主家業の商売柄、日常のいろいろな場面で中道を心がけるようにしているが、彫刻のことや制作のことや、またそういう俗に云う文化事業的なことになると、全部が全部、何から何まで中道に片付けてしまうことができなくなって、どうしても自分の信念や我欲の方へ惹きつけられるように偏って、俄然勢いづいて頑固な主観を押し売りしてしまっていたりする。あとになって気がついて反省もするのだが、済んでしまったことは取り返しもできないので、自分の胸に仕舞い込んで、出来るだけ早く忘れるようにするしか無い。

自分の彫刻は、どちらかと云うと抽象の部類に入ると思っている。
約10年間の研究期間を過ぎた後、そろそろ自分の彫刻を制作するための目印としていくつかのテーマを用意した。
今までは、そのいくつかのテーマを少しずつダブらせながら感覚の新鮮なうちに彫刻のかたちへ置き換えることを続けてきた。自分の性格上、ひとつ事にじっくりと取り組んでそれをひたすら脇目も振らず継続するということができないタイプだから、彫刻の造形の工夫に飽きて面倒臭くなってしまったら、しばらくはそういう系統のテーマから遠ざかるようにしている。そうして、他のいくつかのテーマに気持ちを切り替えてそれに没頭すると、今度はそのことがまた楽しくなって当分の間は、また違った感じの彫刻を造ることができるし、またソコに新しい発見があったりして次の展開が楽しみになる・・・だいたいそんな感じでこの30年間は過ぎてきた。

今度、しばらくぶりに彫刻個展の話を頂いて、改めて過去の自分を系統立てて整理してみると、やはり彫刻の世界でも自分の立ち位置が「中道であることの重要性を意識していたのだなぁ・・・」と、再確認した気がする。
自分の彫刻に対する思考の根本はやはり形而上的方向性を観ているということ。思い返せば、最初の個展をスタートさせた時からそれがすでに決められていた気がする。それまでの研究期間は常に形而下での自分の立ち位置を確認し続けて造形の客観性を観続けていた。造形上の緊張関係を自分なりに説明できる手段のひとつが抽象表現であり、それは、あくまでもアニミズムの世界へ自分を引き込むための手段であったと云うことだ。

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