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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

元日の朝 

2019/01/01
Tue. 23:40

正月元日の朝は井戸水をお湯にするところからはじまる。

午前0時を過ぎて、ワイフとじゅん君が除夜の鐘をつき終わるまでに新しい蝋燭へ火をつけ、線香をつけ、須弥壇の御本尊様をはじめ万善寺じゅうの諸仏へお供えする。それから井戸水を沸かして同じように本堂から庫裏の各所へお供えする。
万善寺の元日は先代住職の頃からだいたい同じことが繰り返されてきた。

同宗の近隣寺院がどのようなお正月をされるかわからないが、私は子供の頃から師匠である先代住職の司令を受けて眠い目をこすりながらそれらの決まりごとを繰り返していた。
師弟関係というものは、そういう日々の繰り返しが基本になるのだろう。
まずは、いつも同じことを同じように遺漏なく繰り返すことが出来るようになるということが大事なことだと、先代住職がほぼ寝たきりになってから気がついた。
だから、守破離の「守」の重要さが自覚できたのはつい最近のこと。
何をするにも前後後先の順序がとにかく曖昧でコトが先に進まない。物心ついた頃から自分の坊主人生のほとんどで毎年同じことを繰り返し続けていたはずなのに、すべて自分の責任で取り仕切ろうとすると、何もかもが中途半端に曖昧でとたんに自信が失せる。
師弟関係であっても私の場合はその前に親子関係でもあったから、どこかしら父親への反抗心もあって、完全に公私が混同されたままの師弟関係になってしまっていた。謙虚な気持ちでモノを教わるという自覚が足りない・・というより「ほとんど皆無に近かったのだ!」と今更ながら気づいた。
先代住職は人生の殆ど半分は病気と付き合いながら生きてきて、それでも90歳近くまで長生きできていたわけだから、私がその気になって師匠の所作へ寄り添っていれば今の不安はずいぶん軽減できていたはずだが、とにかくなにごとも時すでに遅し!・・・

「坊主の弟子は持たない」と、心に決めている。だから、万善寺の次代には住職の姓が変わるはずだ。それでいいと思うし、自分の宿命を思うとむしろ「その方が良い!」と思う。ずいぶん身勝手なことだが、今の周辺環境や社会事情の客観性に即して自分の立ち位置をみればそれが最善の選択肢だと思う。
実にモタモタしつつ、それでもそれなりに自分の身辺整理を心がけている。
特に、長男であり一般常識的師弟関係の対象として一番身近な存在であるじゅん君には対応が難しい。
年末からワイフと一緒に万善寺で親子三人の暮らしを続けているが、彼の信仰心を直ぐ側で見ていると、仏教の根本からは程遠いところにあると気付く。それはそれで、彼の気持ちが収まることであればそれで良い。彼ももう30歳を過ぎるし、すでに立派な彼なりの人格が形成されているわけだ。

初釜の湯をお供えして、元日の法要をはじめて、ひと通り各所の仏様を一巡して、すべての次第が終了したのはそれから2時間ほどあと。そのまま徹夜で正月2日の年始会準備に入った。すべて自分一人で取り仕切らなければいけないことなのだが、朝になって元日の朝食が終わってしばらくして、ワイフが見るに見かねて遅れた準備を手伝ってくれた。

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