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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

とまり木 

2019/01/15
Tue. 23:12

少し風はあるが、それほど寒くもないから庫裏の空気を入れ替えようと、アチコチの窓を開けた。
飯南高原の冬は、だいたい雪が積もるからそれなりに湿度もある。そのうえ、締め切った家内で暮らしていると朝晩煮炊きもするからよけいに湿気がこもる。内も外も湿気だらけでどうしようもないが、それでも窓を開けて風を通すと澱んだ部屋の空気が入れ替わってスッキリする。
性格もあるのだろうが、どうも建具を締め切って薄暗い部屋に閉じこもるより内も外もなくフルオープンに開放感のある方が好きだから、こうして冬の寒い時期でも庫裏から本堂の入り口が見えるくらい素通しの状態で過ごしている。
結局はオヤジの一人暮らしで誰も文句を言うヤツもいないからこういう暮らしが出来ているわけだが、これで四六時中隣にワイフでもいたりするとこういうわけにはいかないだろう。いずれにしても、ソコソコ身体の動くうちは若干不自由なことはあっても気兼ねのない毎日を過ごすほうがストレスもたまらなくて調子がいい。

洗面所の窓を開けると、すぐ目の前にオノレバエで大きくなった柿の木と雑木の枝が茂っている。今は葉を落として向こうの景色が素通しだからそれほど気にならないが、春になって若葉が芽吹き始めると見る見る見通しが悪くなって鬱陶しくなる。それで、その時は枝を切り払おうと思うし根本から切り倒してしまおうと思うのだが、そのうちだんだんと葉の茂った景色に目が慣れてしまって「どうせなら、秋になって葉が落ちてから切り払ったほうが始末も楽だから・・」と気が変わってひと夏すぎるまでやり過ごしてしまう。そして、秋になる頃には枝木の刈払いのことなどすっかり忘れていて、そのうち葉が落ちて向こうの景色が素通しになると、特に鬱陶しく思うこともなくなってそのまま次の春になってしまう。こういうコトが繰り返されてもう何年にもなる。
今は、その柿と雑木の枝が寒雀の休憩所になっている。
捨てるのももったいないからと、虫の入った古々米の処分を雀たちに任せているところで、ちょうどその餌場近くに都合よく柿と雑木が枝を広げているものだから、彼らの食事時が重なると保賀の谷から集まった雀たちが鈴なりになって枝がしなる程になる。そういう光景を洗面所の窓からのぞき見ていると「特に急いで切り倒さなくてもいいか・・」と云う気になる。

万善寺も、この数年で裏山が境内まで迫ってきた。このまま見過ごせばそのうち座の下から筍が伸びるかも知れない。
もう何年も前のこと、万善寺営繕のことでツイツイ近所のおじいさんへソレを愚痴った。
「雑木は無理して刈り倒さんでもええですけぇ〜ねぇ〜」
そのおじいさんは、若い頃山仕事で暮らしていたから、山事情に詳しい。
「植林の枝打ちと間伐が先ですがぁ〜。雑木はどうせ4〜5年のうちに生え変わりますけぇ〜」なのだそうだ。根が浅いから夏の暑さでヤラれ、冬の雪でヤラれ、大きく育つ前に生存競争で淘汰されて長生きできないのだそうだ。それで腐った枝木や落ち葉が堆積して腐葉土になって山が肥えて都合が良いのだそうだ。
今はそのおじいさんも他界されて山の話を聞く手段も絶えた。

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