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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

百千万劫難遭遇 

2019/01/17
Thu. 23:34

見事に雪が降らない。
雪を当てにしてわざわざ冬シーズンの個展を決めたのに、完全に予測が外れてしまった。

彫刻制作はライフワークのようなものだから、何をするにもだいたい四六時中なにかしら彫刻のことを考えたり思ったりしている。1年を均すと自分の頭の中に全く彫刻のことを思わない日はほとんどない。
今の個展で造った彫刻も、そうやって何年も前からコツコツと考え続け、造形のシミュレーションが少しずつ次々変化を繰り返した結果のかたちになっている。
前回の個展から数年経って、見た目のかたちは前回と全く関連性のないように見えるかも知れないが、自分の中では切れ目なく連動してブレのないテーマのコンセプトを維持出来ていて、今の彫刻は確実にその延長線上に位置している。
いずれにしても、自分の造形観は俗にいうところの抽象彫刻に分類され、そういうタイプのかたちを造り続けているから、一般の価値観とか概念では「よくわからん!」とか「理解できない!」領域に属しているはずだ。

面倒臭いことを云うと、自分の彫刻は基本的に「造形による表現」であるから、彫刻の説明を文字や言葉など別の表現手段に頼ることは無意味に思っている。
それでも、一個人の表現者として限りなく意固地に自分だけの世界へ閉じこもってばかりいるということも大人げない気もするから、なにかの機会に自分の造形とか表現の根拠を問い掛けられたりすると、相手の認識領域を探りながら出来るだけその路線に沿ったふうに言葉や文字など造形以外の表現手段を工夫しながら自分の造形コンセプトを伝えようと努力はしているつもりだ・・・とかいっても、現実は毎日の日常でそういうコトを気遣ったり具体的に伝えたりするような機会は皆無に近い。
わざわざ吉田の彫刻個展を目指して見に来てくれるみなさんにとっては、実に不親切な彫刻展であると自覚は出来ているつもりだから、何か意味不明のこと(・・ばかりだろうけど)は遠慮しないで問い合せていただいて一向にかまわない。
自分的(自分の主観)に云うと、「抽象」の概念は「個々の具象の集積と精査の延長にあるもの」としてとらえている。だから、抽象の造形は表現者一人ひとりの興味関心や価値観の認識の相違分だけ存在するということになる。
一つ一つの具象要因や具象素材を収集追求し、その先にある関連した要因を抽出し、系統建て分類し、そういうコトの取捨選択を繰り返した先にもうソレ以上精査できない最終の要素がボンヤリと浮かび上がる。
自分の造形表現はそういうことの繰り返しの行為の証明として存在するにすぎない。願わくばその造形に少しでも美的要素が内在できれば有り難い。

宗門のお経にある「開経偈」の一節に、「百千万劫難遭遇」とある。「百千万劫」は、数の単位と略していいだろう。ボク的にザックリいうと永遠に続く「無限大の時間軸」のようなことである。「難遭遇」は、遭遇は難しいことだ!ということで、まぁ、仏様の法はそれほど奥深くて有り難いものなのだ!!となる。
自分の造形は、ボンヤリとした自分の宗教的形而上抽象をジタバタとかたちに置き換えているだけだ。抽象も仏様の法の如く奥深いものだと今更ながら痛感している次第です・・

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