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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

お不動さまと鮎 

2019/06/25
Tue. 14:58

右手のシビレが疼いてなかなか眠れなかった。
飯南高原の夜はけっこう冷え込んで、夏ふとんがおぼつかないほどだ。
なんとなく上手く眠れないまま朝になった。
スズメたちが騒がしくて目が覚めてから、朝食代わりの野菜ジュースをコップ一杯飲んで早朝の万善寺を一回り巡回した。そうしていると毎晩フギャフギャ鳴きながら吉田家の夜回りをしているクロを思い出した。

2日ほど前から2泊3日の単身赴任で万善寺暮らしが続いている。
3日目は飯南高原のハズレにお住まいの施主さんが一人でお守りされているお不動さんの祈念供養で出かけた。
先代住職の頃から続いている供養を私が引き継いでから、もう20年近くになる。
すでに代替わりをして、その後ご主人も早くに亡くなって、今は残されたご高齢の奥さんがお守りしていらっしゃるが、どういう経緯でお不動さんをお祀りになられたのか今の奥さんではよくわからないようだ。それでも「昔からあの場所へお不動さんがお祀りしてありましたけぇ〜ねぇ〜」ということで、一年に一度ほど春の時期にお経を読んでくれと連絡が入る。今年は、私の入院があったから6月の今の時期にしてもらった。
ご自宅の裏山の山道を登った途中に広がる竹林の中の小さな平地へぽつんと安座されてあるお不動様のお堂も、次の代替わりからあとは今の状態がどこまで維持されていくかは微妙なところだ。ひとまずは、万善寺へ声がかかる間はなんとかして小さなお堂まで山道を登り続けようと覚悟はできている。

万善寺から出雲街道を南下して、途中から銀山街道へ曲がる。その銀山街道を少し走ってひと山越えた次の谷へ入ると渓流に沿って付かず離れず続く道を江の川の本流方面へしばらく下ったあたりにお不動様安座の施主家がある。
渓流は中国山地の島根県側の麓から北へ向かって流れ下っていて昔は江の川の鮎が渓流のかなり上流までのぼっていた。施主家から3kmほど下ったあたりの渓流脇に鉱泉が湧いていて、その源泉を引いた沸湯の湯治旅館が道の脇へ一軒ほどあった。旅館のすぐ下を流れる渓流にはシーズンになると鮎の釣り人がやってきて、彼らはその旅館で泊まりながら鮎釣りをし、夜は釣った鮎をご主人の料理で鮎づくしにして一杯!・・・という贅沢な行楽でそれなりに賑わって、知る人ぞ知る名所にもなっていた。

先代住職の憲正さんは温泉好きの趣味人でもあったから、お盆の多忙が少し落ち着いた頃になるとその旅館へ予約を入れて、私やワイフやまだ小さかった孫たちも誘って1泊2日で湯に浸かり鮎三昧の慰労会をしていた。ワイフは川魚が苦手で鮎が食べにくそうにしていたし、癖っぽい鮎が孫たちの口に合うわけもなく、憲正さんと私の前には鮎の各種料理がズラリと並んでついつい酒が進んだ。ボク的に今は良い思い出になっている。

その旅館はご主人のヘルニヤが悪化したからという理由でずいぶん前に廃業した。鉱泉の源泉は今でも湧いていて、趣のある旅館の佇まいもそのままで残っているが、代替わりをした後、旅館業を再開することはなかった。お不動様のお経を済ませたあと、その元旅館の少し先にある同宗のお寺へ用事を済ませた。

アッという間に3ヶ月が過ぎた。右手のシビレは特に大きな改善もないまま続いている。

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