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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

不二法門(ふにほうもん) 

2019/07/24
Wed. 23:45

退院する時に処方された薬が無くなったので近くの外科医院へ行った。
受付で保険証などを提出して待合室を見渡すと、座る場所がすぐには見当たらないほど混み合っていた。
ほとんどが俗にいう75歳以上くらいの高齢者で、私程度の年齢の患者さんは4〜5人くらいしか見当たらない。
ワイフも昨年くらいから同じ病院へ通院していて、彼女は定期的に電気治療を受けている。
薬をもらうだけのことだが、ドクターの問診を受けなければいけないから自分の順番を辛抱強く待つしか無い。

iPad miniでWEBニュースを流し読みしていたら、先日の選挙のコトが記事になっていた。
なんとかチルドレンとかタレント議員とか、選挙にも流行のようなものがあるようで、そういう人が当選して本当に国民の代表として政治の仕事に従事できるのだろうかと、どうも素直に信用出来ないものがある。
蛇の道は蛇の類友集団が寄って集まってアレコレ議論を積み重ねても、混沌として誰にも予測不能な日本の近未来は現状とそれほど大きく改善しているとも思えないし、場合によっては改悪になってしまうということだって十分に考えられることだ。
坊主的に云うと「ことの善と悪の判断はソレを認識する人によって様々であり誰もが納得できる客観的常識というやつは最初から存在しないのだ!・・・つまり、善も悪もそれぞれ対比する存在ではなく両方併せ持った一つのものなのだ!・・・そしてそれは全人類の心に内在しているのだ!」と云う概念のような存在があるわけです。
自分を取り巻く環境には、善と悪のような相対する関係が大なり小なり存在しているわけで、それら全てを飲み込んでそれがそのまま自分である!・・・という事実を謙虚に受け入れることが大事なことだと・・・ボクは思うのです。
ひとそれぞれ、自分の考えや意見を持っているだろうから、ソレはソレで大事なことだけど、ソレが善くても悪くても誰にでも納得できるだけの構築された対案になっていないとひとの気持ちを動かすことは難しい。
形而上学的抽象論をぶつけているだけでは大衆を納得させることは出来ないだろう・・・と、どちらかと云えば抽象思考で毎日を過ごし、坊主家業をつとめつつ彫刻を造っている私は、身をもってその現実に向き合い、日々悶々としながら、それでもできるだけ妥協をしないようにしようと心がけているわけであります。まぁ、実態はそういう現実からしょっちゅう逃避してだらしなく楽に楽に過ごしている自分もいるわけですが・・・

「もう1ヶ月も通ってるのに全然ようならんけぇ〜、紹介状書いてくれぇ〜やぁ〜!この病院わぁ〜、つまりゃぁ〜せんがぁ〜!!」
突然、受付のお姉さん相手にオジサンが大声で苦情を言い始めた。待合室の皆の視線が一気にそのオジサンへ集まった。
もう、結構いい歳のオヤジが昔の若い頃と同じようにピンピンと元気になれるはずも無いだろうに・・・あぁ云う担板漢はどんな思いで清き一票を投じたのだろうか??

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