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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

リーダーの魅力 

2020/01/23
Thu. 11:23

寺暮らしが続いている間に、石見銀山の吉田家へ会報が届いていた。

昨年1年間で委員3人が逝かれて彫刻部の組織も入れ替わりがあった。
その3人の委員諸氏にはまだ彫刻部へ一般出品していた頃から随分とお世話になったし、彫刻のことで厳しくも優しくたくさんのことを教えてもらった。
今までもなんとなくボンヤリと思っていたことだが、この頃になって改めて「ヒトにモノを教えたり伝えることは難しいことだ!」と強く思う。
答えが決まっていることであれば、その答えに到達するまでの過程を一つ一つ丁寧に解説すればなんとか理解してもらえるかもしれないが、彫刻のように解釈や技工切り口やテーマや嗜好や、とにかくいろいろなものがそれぞれに違ってまとまった一つの答えを用意することが難しいモノは、その壁というか敷居というかバリアというか、それをこちらから軽く越えるということが難くて躊躇して、結局さり気なく曖昧に抽象的な言い回しなどして核心をボカシたりしてしまう。

委員のY氏は塑像の具象彫刻家で、表現の隅々まで気遣いの行き届いた破綻のない力強く且つたっぷりとした量感のある造形が人の心を引きつける包容力のある彫刻になっていた。出会ったのは35年以上前のことで、彫刻を始めたばかりの私にとっては雲の上の存在だった。まだ上野の都立美術館で展覧会があった頃、展示陳列作業が終わった後の懇親会の席がたまたまY氏の近くになって、その時になぜか私が島根の出身だということがわかっていたようで「ボクは尾道の出身です」・・・的、感じのことを話していただいて、その一言で一気に親近感をもった。あの頃は抽象の事ばかり考えてソレの工夫しかしていなかったから彫刻上の接点は殆どなかったが、毎年Y氏の彫刻を拝見する機会を得られるということが自分にとっての彫刻制作と公募展出品や入選の励みになった。

O氏のアクリル彫刻は、当時から異彩を放っていて彫刻のジャンルを無理矢理定義付けることが馬鹿らしいほどに思える唯一無二の彫刻だった。若造の吉田相手に懇親会の2次会まで誘っていただいてとても気さくに接していただいた。自分には彫刻のことよりむしろその「彫刻」という表現領域を世間社会へ広く浸透周知されるための営業力も大事な表現活動であるということを教わった気がする。とにかくグローバルで視野の広い彫刻家であった。私が小品彫刻展をコツコツと続けていることの意義というか根拠というか、そこには少なからずO氏の影響があるのかもしれない。まぁ、ボクのしていることは桁外れのスッポンだけどね。

若造の吉田にとってK氏はとにかく恐ろしくて怖くて近寄り難いオーラを発散される彫刻家であった。そういうこともあってか、結局彫刻のことで踏み込んだ話を聞く機会を逸したままに過ぎたが、彼の木彫は大小ことごとくノミ跡が冴えて力強く魅力的であった。ダメ元で小品彫刻展の出品要項を送付したらあっけなく快諾を頂いて、以来、高齢で制作を休止されるまで連続出品していただいた。今にして思えば、島根の田舎のささやかな彫刻展の活動に付き合っていただいたことは、生涯に渡って彫刻の啓蒙に実践に具体にご尽力された証であった。親子ほども年齢も作家歴も違う吉田の我儘へ付き合っていただいたことに感謝しか無い。

さて・・・吉田という彫刻家はこれから先なにか伝えられるものができるのだろうか?どうなのだろう?・・・

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