FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ナンチャッテ坊主はナンチャッテ住職 

2020/02/05
Wed. 12:17

立春を過ぎて少しは寒さが厳しくなるだろうと覚悟していたら、東の琴引山の向こうからまばゆいほどの朝日が昇って、夜の放射冷却で保賀の谷一面真っ白に張り付いていた霜を一気に溶かし始めた。

昨夜は、飯南高原の地元に残っている同級生が集まって新年会のような飲み会があった。
常々女房殿の下僕で小さくなっているオヤジどもは、普通になんの目的もないまま集まって飲むほどの勇気もなく、いくつかの理由をあれこれと画策してでっち上げて涙ぐましい努力を繰り返しながら集まっている。それで今度は新年会という名目の元、町内のプラント会社で永年勤務の重役U君とMさんが退職したことの祝と、6月に決まっている同窓会の事前打ち合わせというもっともらしい言い訳をつくって親しいところから順を追って連絡網が回ってきた。
三日市にある居酒屋は万善寺からだと下りで徒歩10分、帰りの上りだと徒歩20分の距離にある。数日前まで怜子さんのことで東京のアチコチを延々と歩き続けていた疲労が膝と腰に溜まってしまって寺の用事や吉田家の階段を上り下りしている間にシクシクと痛むものだから片道だけでも楽をしようと酒を飲まない友達へ連絡して迎えに来てもらった。
同級生の何人かは「真面目」を絵に描いたような世話人がいて、時々思い出したように審議事項の議題を持ち出しながら鍋をつつき、酒を飲みつつしているうちに、少しずつ辻褄もあって話もまとまって、それからあとは他愛ない世間話になった。

昨年に我々同窓生の担任だった先生が天寿を全うして大往生された。曹洞宗の隣町のお寺の檀家総代を永年務められた立派な信心者であった。晩年は年中行事の仏事でそのお寺へ随喜のたびに教え子のボクに向かって「ワシが死んだらお経をあげてぇ~よ!頼むけぇ~ねぇ~」が口癖のようになっていた。それで、こちらもその気になって葬儀の時は誠心誠意副導師の職を努めようと思っていたのだが、結局は代替わりされた現住職のお考えもあって、サラリと告別式も過ぎて、万善寺としてはどこかしら消化不良のままに終わった。せめて「四十九日の時にでも改めて・・・」と気持ちを切り替えたのだが御導師さんの方から「四十九日はお参り結構ですから・・」と云われて、それも菩提寺様のご意向とゴクンと飲み込んで全てが終わった。
怜子さんの菩提寺は浄土真宗大谷派になるが、御院家さんの都合で葬儀が日延べ先送りになりかけた。私個人としては「坊主は喪主施主の都合に併せてナンボ・・」と決めているところがあって、仏事と仏事が重なる時でも出来る限り喪主施主さんの意向に添えるよう最善策を考える。先代からの申し送りでもあるが、やはりソレであることが菩提寺住職の務めであると自分では思っている。

この近年、仏事が殺伐として寺務がしだいに事務的になってきたように感じる。
彫刻を造る時は、打算など気にすることのないまま必死でテーマを追いかけながら制作にしがみついているような、そういうある種純粋であることが彫刻家としての務めと思う。
今の万善寺住職は、宗教家の欠片も無いタダの職業坊主として世間の事情に流されながら、気がつけば自分で気づかないうちに打算を追いかけていることが増えていたりする。結局、ナンチャッテ坊主はナンチャッテ住職しかできそうにない・・虚しいなぁ~・・

IMG_0745.jpeg
IMG_0747.jpeg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/3323-06845530
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2020-04