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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

冬の朝日 

2020/02/13
Thu. 15:06

1週間がすぐに過ぎてしまう。
怜子さんの三・七日洒水忌が来た。
朝から雲が低くて小雨が絶え間なく降っている。例年ならこの雨が雪になっているはずだ。2月もすでに半分が過ぎて川岸では温い水につられて菜の花が咲いているし銀山街道のアチコチで紅白の梅も咲き始めた。
島根中央部の暖冬は尋常でない。このままだと、農繁期の水量を確保できなくて稲の生育環境を維持することが確実に難しくなるだろう。

先週末はシーズンで一番の寒気団が北から島根県上空まで降りてくるような事を言っていた。仕事というほどでもない用事が江津であるので、雪の心配もあって直接寺から出かけるのも少し億劫だから、夕方のうちに石見銀山の吉田家へ帰っておくことにした。
その日も保賀の谷は上空に雲が広がっていて、むしろその雲のおかげで地表が適度に保温されて冬なりに温かだった。

およその作務に一区切りつけて帰り支度を済ませてから吉田家のストーブ用に本堂の床下を漁って薪になりそうな製材の板を引き出した。
万善寺は観音堂形式で高床の男寺だから、飯南高原に点在する各宗派寺院の中で一番座が高い。それでそれが特に自慢であるわけでもなくて、要するに江戸中期に再建された古い形式がそのまま今に残ってしまっただけのオンボロ寺であるというだけのことだ。
それでも、あの時代は建材だけは比較的柔軟に確保できていたらしく、構造物の主要な部材には欅がたくさん使われてある。縦柱にはホゾの補修や羽目木が目立つから、ほとんどの建材は以前の寺院を解体して移築の時に再利用したものだろう。まぁ、そんな感じのガタピシとねじれ狂った本堂の座の下には、まだ槍鉋で面をさらった古い杉板などが積年のホコリを被ってしまい込まれている。子供のときには、本堂の床下が丁度いいかくれんぼの遊び場でもあったから、そういう古い杉板の影に隠れたりして鬼の追跡を上手にかわしていたものだ。
ここだけの話だが、現住職は、ある意味歴史の資料になるかもしれない古材を引き出して吉田家ストーブの焚付にしようとしているわけだから、その筋の研究者でもいたら大騒ぎになってしまうような行為を平気でしているわけだ。

かれこれ半月ほど前、1月31日から月替りの2月1日は徳島県の阿南町にいた。
石見銀山で個展をしてくれた武田さんの彫刻を彼女の倉庫まで搬送して荷降ろしをした。
近所でワンボックスと若いスタッフを調達して経費をギリギリまで削減した貧乏旅行になったが、坊主家業が日常のボクは高齢者との付き合いばかりで毎日を過ごしていたから、20代の若いスタッフと二人旅はたくさんの発見もあって久しぶりに新鮮だった。
彫刻をしていても仲間がみんな一緒になって一年ずつ歳を重ねているから、気がつけばみんなでジジババになっていて会話にトキメキもない。彫刻は積年の経験の積み重ねもあって、それなりに深みも味も渋みもでて安心できて、それはそれで良いことかも知れないが、一方で造形の限界も見えたりして気が滅入る。
北ヘ向かって帰路につく早朝、東から昇る冬の朝日が眩しかった。

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