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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

花が咲いた 

2020/02/21
Fri. 23:37

怜子さん四・七日阿経忌の朝も前夜からの放射冷却でかなり冷え込んだ。
まずは本堂の業務用灯油ストーブを点火して、それから一連の朝の用事を済ませてから阿経忌のお経を読んだ。

正月用にお供えした梅とシキビに花が咲いた。
シキビは花入れの水を時々補充したり入れ替えたりしてお世話していると、半年を過ぎてお盆の頃まで長持ちして、条件が良ければ花入れの中で根を出すものもチラホラ出てくる。
梅は松や竹と一緒にお供えしたものだが、その時は小さくて硬い蕾が確認された程度だった。それが約1ヶ月の間に少しずつ膨らんで、立春を過ぎたあたりからチラホラと花を咲かせ始めて、今はだいたいどの花入れも満開になって見頃を迎えている。
松は元々丈夫にできているから水を絶やさなければかなり長い間松葉の緑を見ていられる。流石に春彼岸を過ぎて大般若転読の法要まで花入れにそのままというわけにもいかないから、少し寒さが緩んで春めいた頃合いを見てひとまず挿し木にまではしておくのだが、殆どはそのまま根付くこと無くいずれ枯れて地に帰る。
竹は切ってすぐから青葉が丸まって1日と保たない。それでお正月飾りの松竹梅を代表してとんど祭のお焚き上で天に帰ってもらう。

御仏前に線香と蝋燭と一緒にお花をお供えすることは、仏事の一つとして欠かせない大事な意味がある。
本堂の須弥壇には、木製金箔の蓮が一対お供えされてある。宗門の場合、それに季節の切花を添えてお供えするのだが、その決まり事は住職の考えや代代の引き継ぎなどで寺ごとに違っている。
万善寺先代の場合は、だいたい1週間に一度位を目安に季節の状況を見ながら花の入れ替えをしていた。先代がまだ元気で日常の買い物などが自分でできていた頃は、そのついでに花入れの数分ほど季節の花をドッサリ買って帰って、自分で入れ替えをしていた。一般在家のお仏壇へお花をお供えするようなイメージとは全く違って、本堂から庫裏まで全てのお供えを総入れ替えした後の大量のお花は、その捨て場所が決まっていて一箇所に集まって山になる。私は、少年の頃から時々住職の指令で花の入れ替えをしていたのだが、実はソレがとても嫌だった。シーズンが春から秋にかけては花入れの水とか廃棄された花の山がすぐに腐って、その匂いが万善寺中に広がる。慣れてしまうと気にならないのだろうが、時々お参りがあったり近所の用事で来客があったりすると、その人達は絶対に腐った匂いを敏感に感じていたはずだ。

先代から住職を引き継いだ頃から、少しずつジワジワと花入れの様子をシキビに変えてきた。飯南高原はシキビを仏花にする習慣が根付いていないから、はじめはお参りのお檀家さんも須弥壇や位牌堂の様子が地味になったことに違和感があったようだが、今はソレもなくなって、少しずつ在家のお仏壇へもシキビが浸透し始めている。
シキビは、一方で毒花でもある。お墓花に使われるのは、昼夜の動物に仏花が悪さをされないようにする意味もあるし、何より丈夫でいつまでも緑でいてもらえるからでもある。

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