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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

お祝い法事 

2020/03/01
Sun. 23:11

3月になって早々の法事は朝から穏やかな日差しが降り注ぎ、気温もぐんぐん上昇して、着物に着替えて改良衣を羽織ったりするとジットリ汗ばむほどになった。

万善寺では50回忌からお祝い法事としてご案内させていただいている。
先代のお供で50回忌を越えた法事へ出かける時は、すでにお檀家さんの方で法事趣旨を心得ていらっしゃって、ご親族も遠方まで声を掛け合って参列されることが普通で、ソレはソレは賑やかな法事になっていた。
まだ20〜30年前はお斎の膳に酒がつきものだったし、お祝い法事になるとソレにプラスして各自の膳に尾頭付きの鯛がついていたり、刺し身の盛り合わせや巻き寿司があったりと、大盤振る舞いの豪華で賑やかなことだった。先代は法事が終わるとしこたま酒を飲んで施主家の歴史を交えた昔話に花が咲き、引き物や大皿やお供えのお下がりなどのお土産と、食べきれなかった斎膳を弁当に詰め直して、抱えきれないほどの大荷物を副住職(もちろんボクのこと・・)へ持たせて良い機嫌で寺へ帰って、それから酔が冷めないまま内室のおかみさん相手のお茶飲み話に花を咲かせ、その日の法事の顛末を嬉々として語り継いでいた。
50回忌からの塔婆は、それまでの板塔婆から角塔婆へ変わる。
法事の数日前に大工さんがお寺まで特注された角塔婆を持参して、住職は半日くらいかけてたっぷりと墨を摺って4面それぞれに戒名や経文や禅語香語などを書く。それからしっかりと1日位墨を乾かして施主家へ電話するとその角塔婆を引き取りに来て大事そうに持ち帰る。法事の当日に施主家へお邪魔すると、床の間の「南無釈迦牟尼仏」の掛け軸と並べて角塔婆が立てかけられて、その前に三具足が並び仏膳がお供えされてある。
特にこれと云った住職からの指示があるわけでもないが、だいたいどこでも似たりよったりの扱いがされていた。

・・・さてさて、今はどうかと云うと・・・
「角塔婆は建てるところが無いですけぇ~、板塔婆でいいですけぇ~」とか、「100年も前の先祖さんは顔も知りませんけぇ~、お盆の塔婆回向でいいですわぁ~」とか、「みんな用事があるそうなんで、法事は家にいる者だけしかおりませんけぇ~、簡単によろしく!」とか、だいたい殆どが、そんなふうな「お祝い!」とは遥かに程遠い法事になってしまった。
「昔は、誰かが亡くなると組内の者が遠くの親戚まで知らせに走ってましたけぇ〜」
「そうそう、冬は雪で車も使えんから、組の若いもんが一日がかりで山越えして広島県まで行って帰ったりしよりましたがぁ〜」
「もっと遠くは仕方がないけぇ〜電報にしたりして・・・住所がわからんかったりしてアッチに聞いたりコッチに聞いたりして、葬式になるまで何日もかかったりしてねぇ〜」

3月1日の100回忌お祝い法事は、角塔婆こそ板塔婆で済まされたが、久しぶりに副導師の随喜も頂いて立派で賑やかに終始した。
私が住職になって約10年・・・50回忌を越えたお祝い法事で角塔婆を書いたのは5回とない。楽といえばソレまでだが「ソレで済ませていいのだろうか?」とふと思う時がある。

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