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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

国家平安万邦和楽 

2020/03/04
Wed. 23:22

この数年で随分と坊主家業に従事することが増えた。
昨年は、今まで前例がないほど葬儀が多くて、ソレに付随した法要仏事も絶え間なく続いて、その上、例年変わりなく寺の過去帳から繰り出している年回法事もあるし、とにかく、1年で70%以上は万善寺のことで始まって終わった気がする。
先代の憲正さんは、生涯100%専業坊主で乗り切って住職在職も60年に至った。
その先代の御蔭で自分が40年以上彫刻制作を休まずに続けてこられたのだと、今更ながら間違いなく確信できる。
昭和から平成令和と世の中の情勢が大きく変わる中で、昭和20年代から殆ど大きく変更することもなく万善寺の諸仏事が引き継がれてきたのは、禅嶽憲正大和尚のブレない仏教家としての強い信仰心があったからだと思う。それでも、元号が昭和から平成に変わろうとする頃から憲正さんの愚痴が少しずつ増えた。お寺の仏事行事へのお参りが1年毎にみるみる減っていったことに我慢ならなかったのだ。
その頃から人々の仏教離れの加速が始まっていた気がする。

副住職時代が長かった私は、憲正さんの仏教家としてのジレンマと間近に接しながら、一方で寺の仏事から隠れるように彫刻制作へ逃避していた。
嬉々として彫刻に没頭していた頃が懐かしい。
今は、時々フッと出来たヒマに描きためた小さな彫刻のメモがかたちにならないまま貯まる一方になっている。たぶん、このままなにかの反故に紛れていずれ破棄されてしまうのだろう。
憲正さんを引き継いで住職になって、職業坊主の末席に着いたように自覚できる今、彫刻を絶やそうとは思わないが、できるだけ万善寺の過去からの伝承も絶やさないようにはしようと考えている。

1年に一度の万善寺初午祭が巡ってきた。
初午の日は毎年動くからその都度飯南高原をグルッと一回り約60枚ほどのお知らせを配布して回る。今年は雪もなくて楽に一巡できたが、当日は前日までの好日が嘘のように前夜から雨になって冷え込んだ。
それでも、法要には6人ほどお参りがあった。
それこそ憲正さんの頃は、雪をかき分けて20人以上のお参りがあって賑やかな法要になっていて、お参りのみなさんも内室のおかみさんが心づくしの手料理で世間話に花を咲かせ、ちょっとした地域の情報交換の場にもなっていた。
今のように、ワイフがおかみさんのあとを引き継いだときには、すでにお参りも半減していたから、当時の賑やかな初午祭を彼女は知らない。それに、殆ど毎年平日の祭事になって彼女の手伝いもないから、住職一人で本堂と庫裏を数え切れないほど往復した。
いずれそのうち、お参りが0人になる日が近いかも知れないが、それでも自分の身体が動くうちは法要を絶やさないでいようと思う。
前日までの美食が過ぎて、お経の最中は足の裏がピリピリ傷んだ。
万善寺豊川稲荷荼枳尼天さまへ、国家平安万邦和楽五穀豊穣商売繁盛を祈念し、お参り各家の家内安全身体堅固を祈り、ついでにチョットだけボクの痛風減痛を願った・・・

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