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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

お彼岸の夜 

2020/03/20
Fri. 23:24

春彼岸は穏やかな朝を迎えた。
本堂を中心に簡単な荘厳とお参りの湯茶を準備するのに早朝から典座寮をかねた台所と本堂を数え切れないほど往復した。
庫裏の西の端にある台所と境内の東の端にある本堂は対角線の端と端を結んだような状態に位置していていくつかの部屋を横切って渡り廊下の階段を上り下りする。
万善寺の法要があるたびに思うことだが、そこで生活しながら維持管理をする住職としてはとにかく使い勝手がすこぶる悪い。
飯南高原に点在する仏教寺院は宗派を越えてだいたい何処も似たりよったりの構造だから、過去の時代のいつの頃からか本堂を中心にした聖域の結界を構成する宗教的建造の常識としてこのような伽藍配置が極小規模の末寺にまで浸透していたのかもしれない。
昔のように、民衆の信心が旺盛な頃は地域の宗教行事として身施の勤労奉仕が盛んであっただろうが、今の時代はソレも廃れて檀信徒の仏事のお参りも形骸化が進んでいる。だいたい皆さんお客様感覚でお参りされるようなところもあって、湯茶のセルフサービスもまずは住職の方からお願いするところから始まる。

午後からの法要が始まる頃になって、左足の足首あたりがチクチクと痛み始めた。短時間で一気に休み無く動き回ったから痛風の発作が生じたのかもしれない。
夕方から東京へ向けて出発するのに嫌な成り行きになってきた。
何食わぬ顔をして、法要から塔婆回向とお茶会まで済ませ、お参りが引いて湯茶の配膳を全て片付けて洗い物をワイフへ任せてから彫刻の荷造りと銀くんへ積み込みをした。
洗い物を済ませたワイフが途中から合流して手伝ってくれて、万善寺の境内を出発したのは夕方の6時を少し過ぎた頃だった。

いくつかのルートを検索して、途中燃料を満タンにして松江から米子経由で中国自動車道へ回ることにした。
夕食はお茶会の残り物を食べた。
夜食もそのまた残り物で済ませた。
ワイフは、中国自動車道へ入った頃から助手席で爆睡モードに入って、そのまま深夜を過ぎても目覚める気配がなかった。
新東名の静岡に近づいた頃から睡魔がやってきて我慢できなくなったからパーキングエリアに寄って仮眠した。
夜が明けて周辺が少し明るくなり始めてワイフが目覚めた。
「富士山見えるかしら?」などと、のんきなことを云っていたが、夜通しの運転で疲れている上に左の足首が本格的に疼き出したボクとしては、夜明けの富士山を愛でるほどの余裕はない。ワイフの方は「わぁ〜、キレイ!やっぱり富士山は良いわね・・・」などと旅行気分を満喫していた。

東名から首都高へ回ってなっちゃんの新居を目指した。
テーブルを搬入して組み立てが終わったのはお昼前だった。
それから彫刻をコロコロキャリーに載せ替えて銀座を目指した。

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