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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

痕跡 

2020/07/12
Sun. 12:58

まだお昼を少し過ぎた頃だと云うのに西の空がみるみる暗くなって、中国山地の山並みが厚い雲に隠れた。
梅雨らしいといえばそうだが、今年は毎日のようにシトシトと雨が降り続き、時折スコールのような土砂降りに変わって、そうこうするうちに厚い雲が切れて晴れ間が広がり、雨水をタップリ含んだ保賀の谷のあちこちから水蒸気が立ち上って一気に蒸し暑くなる。少し動いただけでジットリと汗ばんで坊主頭から汗が流れ落ちる。
21日の弘法大師ご縁日が近づいて来たので、そろそろ弘法大師尊前の供養塔婆を書き始めたところだった。雨降りの低気圧のせいだろうか、いつも以上に右腕の痺れが酷くてなかなか塔婆書きがはかどらない。

いくつかSNSが届いた。
万善寺アドレスへはお墓のことの問い合わせ。
家族LINEへはユーシン君の元気な様子が動画で送られてあった。
コロナで仕切り直しになっていた石見銀山でのアートイベントがまた動きはじめて、その日程や作品搬入展示などの事務連絡。
それに、九州豪雨災害で心配の電話をした具象の作家から写真付きの近況報告が届いていた。ガレージを彫刻の倉庫代わりに使っていたところへ、この度の集中豪雨の増水で木彫の大作が浮かんで横倒しになってしまったとか、樹脂の彫刻内部へ雨水が入り込んでピチャピチャと音をたてているとか、なにかと後片付けに苦労する様子が伺えた。

書き物などのデスクワークが続くと腕の痺れが気になって集中が続かないし、外は雨が降ったりやんだりで外仕事も落ち着かないしするから、気持ちを切り替えようと倉庫の片付けをすることにした。
倉庫と云っても、昔は万善寺の法要で随喜をお願いする方丈さん方をお迎えする客殿だった。ちゃんと床の間もあるし大小のトイレも付属する別棟の建物になっていて、私が産婆さんにとりあげられてオギャーと生まれたところでもある。その別棟は、昭和38年の豪雪と前後してあった集中豪雨で裏山の土砂崩れへ巻き込まれて建物全体が縦横高さどこもかしこも平行四辺形にずれて大きくねじれた。災害保険の適応などでなんとかその場しのぎで使えるまでに修繕して乗り切ったが、建具の建て付けは狂ったまま気がつくとすでに半世紀が過ぎていた。私にとっては沢山の思い出が詰まった建物だが、今更修繕して客殿に戻すのも現実的でない。畳を上げてみると畳も床板も老朽が進み、すでに使用の限界を超えていた。以前直した台所のようにコンパネを敷いて乗り切るしかなさそうだ。
いくつかの段ボール箱を整理していたら彫刻に転向したすぐの頃に描きためていたメモがアルミ缶にビッシリと詰まって見つかった。彫刻を造りはじめて35年を過ぎた今になって改めて昔何を考えていたか思い出す。造形の形態や制作工法は随分と変わってきたが、制作上のテーマとかコンセプトの基本はほとんど大きくブレることもなく今に引き継がれている。それが確認できただけでも倉庫の片付けをして良かった。
かたちのことだけ観ると、昔はどうでも良い無駄なかたちをベタベタ貼り付けていた。一方それはそれでどこかしら愛嬌もあって微笑ましくも感じる。
あの頃出来なかったこともあるし、また再度工夫してみるのも面白いかもしれない・・・

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