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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

あの頃は・・パート2 

2012/05/07
Mon. 09:38

万善寺で永代供養の法要をすませて、おかみさんの数日分の出来事話にお付き合いして、石見銀山へ帰ってきました。

この数年間は、5月の連休に法要が入ることも少なくなっています。
毎年の年回を繰り出すと、檀家数は少ないなりに、それでも幾つかの年回があるのですが、この近年、施主さんのご住所が分からなくなってしまったり、ご案内の通知にお返事が返ってこなかったりで、そういうことが繰り返されたり積み重なったりして、結局、少しずつ年回法要が減ってきているわけです。

永代供養というと、世間では色々な解釈があるようですが、万善寺の場合は、それこそ読んで字の如く、「子孫代々までご先祖様の供養をしていきましょうね」というふうに解釈していて、「祥月命日にはご本尊のお釈迦様といっしょにご命日のご先祖さんにもお膳や季節の旬をお供えしてお参りしましょう」と、それとなくお話をしているのですが、なかなか真意が伝わらないで流されてしまうことが多くなります。
これもひとえに坊主の力不足に起因するものと反省しています。
もっとも、我が身の日常の自堕落を振り返ると、説得力のなさは歴然として当然であるわけですが・・

それでも、若干の救いはこの度の永代法要。
その施主さんは他宗の方ですが、この度永代法要の仏さんの家系が絶えたあと、まんざら知らないわけでもないし色々お世話にもなった方だからと、50回忌が過ぎるまでは自分でお守りしようと心に決めていらっしゃったようです。
色々複雑な事情でそのようになったらしいのですが、自分の年齢も併せて考えると、とてもあと50年も生きられるわけでもないし、結局は100回忌の法要がくるまで自分の家系が続いているかも保証できないと、そんな状況の中での決断であったようです。
十二分にお気持ちの感じられる永代供養料の喜捨をありがたく受け取らせて頂きました。
非力ではありますが、これからは万善寺の位牌堂へお祀りして祥月ごとのおつとめをさせて頂きます。

そんな仏事の1日があったので、早朝のメールチェックでそのままになっていたなっちゃんからの写真メールの事情を本人に確認したら、何と夜遅くに仕事が終わってから、職場の仲間と一緒に江ノ島までドライブして、その時の写真だと云うことが判明。
メールが届いたのが朝の5時過ぎでしたから、ほとんど夜も寝ないで遊んでいたことになります。

思い返すと、私もなっちゃんと同じ年頃にはそんな風な暮らしぶりでしたから、まだまだ彼女も若いエネルギーが残っているようです。がしかし、私の場合はその頃、仕事も定職に就かないでそれこそ遊びほうけていましたから、既に社会人の彼女とはそこが大きく違うところです。
それでもオヤジだってそれなりに、悩み多き青春時代を悶々とすごしていたりした訳です。
社会人暮らしの悲哀を感じながら悶々と暮らす彼女にとっては、当然の如く時々の息抜きやガス抜きも必要です。
いっぱいいっぱいで頑張りすぎないで、現状を静観することもたまには必要ですよ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
サザンビーチ行ったぜ!

写真

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